夏の暑さも終わり、急激に寒くなってしばらく経ったころ、僕は家を出た。夜中の1時ぐらいだったと思う。いわゆる家出というやつだ。反抗期ということも手伝って、僕の家を出るスピードは速かった。少しの服と自転車のカギと、わずか110円しか入っていない財布を持ち出した。部屋のどこかにもうあと何千円かはあっただろうが、とにかく早く家を出たかったのだ。ドアを開けたとき風が吹いてきた。いつもより寒く感じるその風は、僕を孤独なものとさせた。ある友達に電話し、駅で待ち合わせた。僕は友達になにも言わなかったが友達は何かを感じたらしく寝袋を持ってきた。僕は半分本気、半分うそを交えながらこう言った。

 「前に旅をしようって言っていたの、今から行こうよ。」

  僕はそのときすごく疲れていたんだ。だからもう死んでしまいたいと思っていたんだ。僕らは検見川にある海へと続く川沿いを走った。その道にはたくさんの小さなカニが横断していた。暗い道の中で踏まないようにと気をつけながら走った。友達が空を見た。だから僕も空を見上げた。星のきれいな夜だった。静かな川の音は僕らの冒険心を掻き立てた。

 「どこに行く?」

 「わからない。とにかく西へ行こう。」

  僕らは国道14号線に出て走った。お互いの夢を語りながら。でも僕は死にたい、と思ってたんだ。この心と心のギャップ。なぜだろう、気が付けばいつもそうだ。まったく反対のものになぜか惹かれるように、生と死、限りないすべてをのみこむ黒と、内から来るこれから作り上げていく白とを僕は求めた。

  自分の死に場所は心の中で決めてあった。そこに行くまでに死ぬならそれも運命だろう、と考えていたのだ。

 朝の4時くらいに小さな公園を見つけそこで少し休んだ。急ぐ必要はなかった。友達も疲れきっていた。だけど僕はこのままこのペースで行くなら自分に時間がないことをわかっていたので、2時間ぐらい先に進み、大きな公園で休んだ。多分、総武線に乗って新小岩の駅から見える公園だったと思う。僕が少し休んでいる間、友達は公園の水でシャンプーをしていた。変なところに気を使う僕は、あまりそういうのは好きではなかったが、友達に進められるままシャンプーをした。なかなか気持ちの良いものだった。もちろん、かなり寒かったけど。それからもう少し進み、次の大きな公園にとまった。この錦糸町にある公園は以前僕が家出したときに夜中かけて来た公園で、友達の家の近くだった。この公園では何度か泊まったことがあるので、少し居心地が良かった。ただ、犬の散歩のラッシュ時だったので、そんなに落ち着けはしなかったが。もちろんこの日は平日だったので、会社に行く人もちらほら見えた。8時ぐらいに友達に会うため(というよりは驚かすため)にアパートの下に座って待っていた。しばらく経っても来ないので、もう行ってしまったのかと思い動き出そうとした時、僕の顔を覗き込んでくる人がいた。友達だった。その友達の学校までいっしょに行き、そして別れた。少しそっけなく感じた。

 公園に戻りこれからのことを話しあう事にした。友達はいつのまにか僕の死にたいと思っていた気持ちをわかっていたらしく、

 「何があっても生きよう。旅をするならいったん家に帰って仕度してから行こう。」

と友達は言った。僕は、

 「そこで死ぬならそれも運命だ。受け入れる。僕は行く。」

と言った。何時間も同じことを話しあったような気がする。そして結論は決まった。

 「ここに少しのお金と、シャンプー、寝袋、キャラメル、CDウォークマンがある。これを持っていけ。後からお金を持って必ず俺も行く。だから死ぬなよ。」

  僕はこの友と別れた。

 他の友達に会い、地図を買ってもらった。また、教会学校でよくお世話になった人からカロリーメイトを10箱もらった。そして僕は旅立った。

 まず品川に出て神奈川に行き、東名高速の下を通って行こうと思い、進んで行った。東京のいくつか見慣れた都市を抜けて走った。その中には、この年の5月に学校を休んで行った、築地本願寺等もあった。雨が少し降り出してきたが、僕は気にも留めなかった。自分でも驚くぐらいの速さで、東京の山手線圏内を抜けて、川崎についた。しかし今進んでいる道は大きく遠回りになってしまうことが分ったので、道を変えるために戻ることにした。このときすでに足はボロボロになっていた。小さな道に入り、公園を30分ほど探し、みつけた小さな公園に腰をおろし、少し休むことにした。2,3時間ぐらい寝た時に、焦りか、不安に似た感情におそわれ、また走り出すことにした。夜11時ぐらいだったと思う。

  ひたすら走ってたま川を渡った。道はなんとなくしか分らなかったが、地図を見ようとはせず、適当に前の人についていったり、わざと小さい道に入ってみたりした。それはきっと、先程とは逆の感情、なにか期待に似た感情だろう。気が付くと前の人はいなくなっていて、国道14号線に出た。何でこんなところに国道14号があるのかと思ったのだが、今思えば国道ではなく県道だったのかもしれない。とにかくその道を進んでいったのだが、どこで間違えたのか細く坂だらけの道になっていた。しかしこのさい道がどうとかはどうでも良かった。ただ進みたかった。

  高速道路の入口に行って自転車が入っていいか聞いたが、もちろんダメだと言われた。ならしかたない。高速の下をずっと行くか、と思ったのだが、思ったよりも道は高速と離れていった。自分の勘だけがたよりだったが、道はまっすぐあるわけではないので、地図を開いて道を変えることにした。道を国道に変えてしばらく走っていると、いつのまにか空は明るくなっていた。しかし太陽は顔を隠し、土砂降りの雨になった。

  午前10時ぐらい。小さなイトーヨーカドーのベンチで3時間弱寝た。起きると雨は止んでいた。中に入ってトイレに行き、イトーヨーカドーを出発。そのイトーヨーカドーで山を越えたところに市の体育館があり、自由にシャワーを使えるところがあると聞いたのでそこを目指すことにした。しかしその体育館に続くという山道は予想以上につらかった。坂を登るとき足は震えていた。何度か自転車から降りて道に座った。なんとか登りきって坂が下りの道に変わり始めた頃、道が二つに分かれていた。どこにその体育館があるのかわからなかったので、どっちを進もうか迷ったが左に行く事にした。ただ左側を走っていたということで、なんとなく決めた道だった。坂はまだまだ続き、その途中に高校があった。別にどうでもよいと思っていたが、つい気にしてしまう。部活をやっていた彼らがとてもうらやましく思えた。いや、でもこれがきっと僕の人生だと、自分に言い聞かせ、先を急いだ。道路のど真ん中を走っていたので、“プー”、とクラクションを鳴らされた。端によけた。するとその車の窓が開いて話しかけられた。何か怒られるのかと思ったが、背中に何かごみのような物が付いている、ということだった。また交差点に着いたのでそこらの人に体育館はどこにあるのかと訪ねたが、知らないという人が多かった。それもそのはず、体育館はまったく逆の場所にあったのだ。しばらく聞いてその事実を知り、最初の交差点まで戻る事にした。先程の高校がみえ、さっきと同じ風景を戻った。車が左から来ていたのでスピードを落としたが、来ないようなので進んだ。

  その瞬間僕はハンドルを右に切った。そう、車が進んできたのだ。僕は何メートルか吹っ飛ばされ、自転車は車にはさまれて取れなかった。その瞬間の事はスローモーションのようにはっきり覚えているが、何が起こったか理解するのには少し時間がかかった。

  周りの人が心配して近くにきた。後で首と足が痛くなることになるが、そのときはそれどころではなかった。向こうの人の連絡先を教えてもらったが、その後すぐ捨てた。

  のどがからからだったので、何か飲み物が欲しいといったら、1000円をくれた。

  ちょっと期待してたかなぁ なんて。先程の交差点に戻り、体育館を目指した。少し走り、いまいちわからないので、道を人に聞く事にした。道を教えてもらい、坂を上った。

ちょうどその日はお祭りでにぎやかな道だった。その中をタンクトップと大きな荷物を持って、走るのはちょっと恥ずかしかった。川沿いの道だった。ポツポツと雨が降ってきたので、残り少ない力を振り絞って走った。市民体育館に入り、シャワーのある場所を探した。

  地下にあるということで、エレベーターで降りた。その日は空手の練習の日だったらしく、少し下の年代の人がたくさんいた。少し恥ずかしかったが、そんなことをいっている場合ではない。体を洗うのは久しぶりだった。頭は公園の水でシャンプーをしていたが、それとは比べものにならないくらい気持ちのよいものだった。気持ちが楽になったのか、急に眠気がさしてきた。寝る場所を求めに上に上がった。ソファがあったので、そこに腰をおろした。コンセントがあったので、勝手にPHSの充電をさせてもらった。かばんを枕にして横になった。

  どれくらいたったのだろう。何日も寝ていた気がする。実際寝ていた時間は5時間くらいだろうか。だが疲れが取れるのには十分すぎる時間だった。地図を見て場所を確認しようとしたが、ここがどこだかわからないし、別に必要もないと思ったので、閉じた。

  体育館を出たら、空はすっかり晴れていて、とまではいかないが、雨は弱まってポツポツ降っているだけだった。とりあえず西はどっちかを聞いとかないと、いくらなんでもまずいので、西の方向を聞き、僕は動き出した。

いわれた通りの道に行き、大きな道に出た。いきなり坂があり、きついかなぁと思ったが、少し休んだおかげでいくらか楽に走れた。それから暫く先のことはあまり詳しく覚えていない。なぜならただひたすら、それこそ死に物狂いで走っていたからだ。雨はどうなったんだろう。道には迷わなかったのだろうか。写真としての風景は覚えているが、それをどう組み立てればいいのかわからない。まあ思い出したら書くことにしよう。


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